谷塚時代
草津温泉にて
私がホリウチを止める頃、岡さんの部屋に数日泊めていただいたことがある。
当時岡さんには、岡さんからは想像もつかないほどかわいい妹さんと一緒に暮らしていた。
それが、本当に岡さんからは、似ても似つかぬかわいい妹さんで、本人には聞けなかったが、腹違いなのだろうと納得していた。二十歳そこそこの若い、かわいい上に気立てのよい妹さんだった。妹さんは岡さん(兄)のことを「おんちゃん」と呼んでいた。
その日、私がお風呂をいただいた時、脱衣場には洗濯機が回っていたので着替えを洗濯機のフタの上に脱いだ。お風呂をいただき終え、着替えを終わったころ、その妹さんがやってきた。そして「パンツ、一緒に洗っときますからっ。」と私の履き古した汚いパンツを取り上げたのだ。これには、私も予期していなかったことなのでビックリこいた。
恥ずかしいやら、うれしいやら、「何をするんですか、止めてください。」と、ひとしきりパンツの取り合いになった。
内心うれしかった。
次の晩も泊めてもおうと、岡さんのアパートをたずねた。
岡さんはまだ帰っていなかったが、妹さんがすでに帰って部屋にいた。
兄の岡さんには了解をとっていたのでおじゃますることにした。
岡さんが帰ってくるまでは、妹さんと二人っきりだった。
恥ずかしいやら、うれしいやら、ドキドキした。
内心うれしかった。
二人は大変気まずかった。話しをしたくても、言葉にならず。
私は大変緊張していたし、昨日のことで、もぅほのかな恋ごころもいだいてしまっていた。
丁度夕飯時で、妹さんが、「一緒に食べますっ。」と僕に聞いてくれた。
私は、「はぃつ!。」と答えて、緊張しながら食卓に座った。茶碗にご飯をよそいでもらい、、、食卓を見た。
食卓の上には、大きめのどんぶり鉢に、「もやし」が盛ってあった。
「どうぞっ。」といわれるがままにその「もやし」を食べた。
「もやし」は生のままだった。
とても緊張していたので、その、生のもやしが旨かった。
二人は生の「もやし」を無言で食った。
今では、その妹さんもご結婚されたと聞いた。しあわせな家庭なんだろうなと想像を廻らす。しみじみとそう思う。
あの頃はとても着れなかったスーツを着て。
草加時代
草加市
あの頃の清風荘の暮らしは、今考えると貧しいものだった。
6畳の和室ひとつにプラス板の間のキッチンと風呂付き。むしろ風呂付きで贅沢なほうだった。それであの頃には何も不自由は感じなかった。しかしながらホリウチの薄給では家賃を払う金もままならなかった。
隣の人は、この同じ間取りに夫婦2人と小学生の子供が2人の4人家族だった。
毎日朝早く本田のカブのエンジン音が聞こえた。
この家の主人が新聞配達に出かける音だ。
私が出かける時間には、新聞を配り終えて家に帰っていた。
加えて昼間の仕事もしているようだった。
ある日、いつもの本田のカブが、スズキ(多分スバルかもしれない)の軽4輪に変わっていた。真新しい軽4にはサンルーフがついていた。軽4にサンルーフなんて、まぶしい豪華な軽4だと思った。
娘たちと休みの日に出かけることを楽しみにしている隣の主人の心がにじみ出ていた。
その後しばらくして、隣は引越しして行った。
多分、小さな建売住宅でも買ったのだろう。
働きづめの主人だったが、しあわせそうな家族だった。
俺は当時、とてもやないが隣の主人の真似をしろといわれても出来ないと思った。
俺は今、2人の娘を持ち30坪足らずの家も買った。
しかし、あの主人のように働きづめでもないのに、カメラもあるし、パソコンだってある。
運が良かっただけだ。世の中は不公平に出来ている。
ただ、あの隣の主人のようなしあわせが俺にめぐり来るのだろうか。
元町高架下
人からはゴミに見えても当人にとってはお宝なのだ。
元町高架下、上にはJRが走っています。
貨物列車が通ると、ガタンゴトンと地ひびきのする、薄暗い商店街です。
三宮から神戸駅の間に通路を挟んで両側に商店が並んでいます。
神戸駅に近づくほどに、店が怪しくなってゆきます。
その昔、神戸は港町として、賑わいを見せ、外国人の船員向けに、電気製品などの中古の店が軒並み並んでいたという。
そんな当時の面影が神戸駅に近づくほどに強く怪しくなります。私の一番好きな?場所です。
例えば、YAMAHAのスピーカーNS1000Mとか、SONYのテレビとか、SONYのスカイセンサーのラジオとか、とりわけSONYものは沢山買いました。宝探しのような楽しい場所です。
横浜の岡さんには、応えられないような、セルロイドの人形(フィギァというのか?)が腐るほどあります。店主によると、毎週東京から買い付けに来る常連客が多いそうです。
ここの商店街の様子を例えると、粗大ごみを売っている店、という例えがピッタリの商店街です。 私もさることながら、足しげく、その粗大ごみに高いお金を払い、買って来ては、嫁さんに怒られている毎日です。
結局、第三水曜日の朝、知らぬ間に粗大ごみに出されています。
シュナイダー スーパーアングロン65mm/f8
谷塚時代
西ドイツのレンズメーカーにシュナイダーというのがある。ツァイスと勢力を二分するレンズ専業のメーカーだ。その製品の中に4×5のイメージサークルをぎりぎりカバーする65mmのf8のレンズがほぼ50年ほど前に製造されていたらしい。65mmでf5.6というのは現行でも販売しているが、それとはレンズ設計も構成もちがうこのf8の65mmは中古でしか入手できない。このレンズをメインで愛用しているカメラマンに横木安良夫氏がいる。阪神淡路大震災の写真もこのレンズで撮影されている。周辺部が落ちて、ドラマチックに写るシャープなレンズらしい。今ではなかなか手に入らない代物になっているらしい。このレンズのシャッターは今では製造されていない00番シャッターで、横木氏は壊れたらえらいこっちゃと、何かの雑誌に書いていた。この幻のレンズのことは、カメラマンの渡辺さとる氏もホームページにかいている。私は大阪でこの幻のレンズを探していた。ついに3本も手に入れてしまった。逆光ではぼろぼろだが、今の優等生のレンズにはない、おっしゃるとおりの性能がなんとなくわかる気がする。4×5大判はレンズメーカーを問わず、たとえ50年前であろうが、あらゆるレンズで撮影できるのが魅力だ、4の5のレンズは使用者が少なく人気がないから中古だと安い。この魅力にはまると身代つぶす。
エボニーワイド4x5
